先輩からの叱責、同期からの無視。— 辞めたいと言えなかった中学1年と「見せかけの評価」
強豪クラブチームの門を叩いた初日、自分の「根拠のない自信」はあっけなく砕け散った。
そこは、これまで自分がいた世界とは何から何まで違う「サッカー選手を目指す者」たちの集団だった。週5日のハードな活動。練習の行き帰りはオンとオフを切り替えるために私服着用が義務付けられ、グラウンドへ着けばチーム指定の揃いのジャージと練習着に着替える。
メンバーにしか配布されない公式戦用ユニフォーム。試合用と練習用でスパイクを履き替える文化。自宅から電車とバスを乗り継ぎ、片道1時間かけてグラウンドに通う日々が始まった。
集まっていたのは、親にやらされる「習い事」の延長ではなく、ただひたすらに自分の向上心のみでサッカーに心血を注ぐ奴らばかりだった。
指導陣も、強豪高校や有名大学、実業団でのプレー経験を持つ大人たちである。彼らはコーチ業で生計を立てている。
プレーの改善を徹底的にサポートしてくれる心強さがある反面、そこは「上手い」「下手」「使える」「使えない」という残酷な基準が明確に提示される。完全なる実力主義の世界だった。
学年など一切関係ない。 「上手い」奴だけが試合に出られる。
同級生たちはボールタッチのキレも体幹も、サッカーIQも次元が違っていた。中でも小学生からそのチームに所属していたメンバーは特に上手かった。自分は明らかに、チームの中でダントツで下手くそだった。
毎日グラウンドに立つのが憂鬱で仕方がなかった。些細なミスで容赦なく飛ばされる怒号と叱責。
同級生の間には「なぜここにいるのか」という冷ややかな空気が漂い、見えない無視も感じられた。
FWをやっても、MFをやっても、DFに下げられてもダメ。何をやっても裏目に出た。
それでも、「辞めたい」の一言だけは口が裂けても言えなかった。親に頭を下げ、安くない月謝と用具代を出してもらって入ったチームだったからだ。
自分のプライドで「やりたい」と言い張った手前、白旗をあげて逃げ出す勇気すらなかった。
さらに自分を苦しめたのは、地元の中学校での「孤立」と「歪んだ評価」だった。
放課後、部活の時間を通じて仲良くなっていくクラスメイトたち。小学校のチームと変わらない温かい雰囲気で、弱くても楽しそうにサッカーを続ける元チームメイトの姿。
そんな彼らを横目に、自分は授業が終わると一人で荷物をまとめ、駅へと向かう。放課後も休日も遊ぶ機会は一切なく、クラスメイトとの関係は次第に薄れていった。
しかし皮肉なことに、校内では先輩からすら「あいつはあの有名な強豪チームにいるらしいぜ」と一目置かれていたのだ。
学校での「見せかけの高い評価」と、グラウンドで突きつけられる「惨めな実態」。周囲の見る目と自分の無力さのギャップに押し潰されそうになりながら、中1の自分はただ一人、行き帰りの電車の中で耐え忍んでいた。
今振り返れば、これが自分の人生で最初に味わった「外部の評価と、自分自身の実態の剥離」だった。
この「見せかけの肩書きと、内面のスカスカ感」という感覚は、後に社会人となり、東証一部上場企業で年収1000万円を得てもなお、自分を追いかけ続ける呪縛となる。



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