第6話|資産形成の前に人格形成

プロローグ

内定という名の有頂天 —— 社会人1年目、根拠のない自信と「勘違いの始まり」

倍率80倍。この響きは、Fラン大学出身の自分にとって麻薬のような威力を発揮した。

「Fランから大手企業に内定をもらった俺」 「本気を出せば何でもできる俺」

2012年4月に内定通知を受けた瞬間、当時の自分は完全に“根拠のない自信”に支配されていた。

そして2013年4月、入社。 ここから私は「調子に乗りまくるアホな新人」へと一直線に転がり落ちていく。

2012〜2013年の日本経済は“転換点”だった

この時期の日本は、まさに大きな経済のうねりの中にあった。

2012年:世界経済の減速と円高のピーク 欧州債務危機の影響で輸出が落ち込み、景気は弱含み。 為替は1ドル=78円前後まで円高が進み、企業収益は圧迫されていた。

2012年末〜2013年:新政権誕生と円安・株高の急転換 「大胆な金融緩和」への期待から円安が進行。 2013年5月には1ドル=100円前後まで円安が進み、日経平均株価は9,000円台から15,000円台へ急上昇した。

2013年:アベノミクス始動、景気回復の兆し 量的・質的金融緩和が導入され、個人消費が回復。 企業収益も改善し、給与や賞与も底堅く推移した。

この「円安・株高シフト」の熱気は、社会人1年目の私にも容赦なく襲いかかってきた。

初任給24万円、年収500万円。毎月15万円が自由に使えるという“錯覚”

ここで、当時の自分のリアルな資産状況を包み隠さず明かしておきたい。

初任給:24万円 年収:約500万円(手当・残業・賞与込み) 生活環境:実家暮らし(家賃・食費ゼロ) → 毎月15万円以上が自由に使える状態 負債:奨学金 約250万円

新卒1年目としては恵まれた年収に加え、実家暮らしのおかげで毎月の資金余力は異常に大きかった。

「これだけ余剰資金があれば、奨学金なんていつでも返せる」 「投資だって、やろうと思えばすぐできる」

そう思い込んでいた。 だが、これは完全なる“勘違い”だった。

祖母の涙と「勝負スーツ」が生んだ万能感

入社式の日、私は身を包んでいたスーツにそっと手を触れた。

それは、内定を伝えたときに祖母が泣いて喜び、少ない年金からお祝い金を包んでくれて仕立てた一着だった。

サッカーの試合で活躍したときよりも、祖母は内定を伝えたときのほうが嬉しそうだった。

「このスーツを着て、会社でトップに立つ」 「家族に胸を張れる男になる」

そんな万能感が、私の視野をどんどん狭めていった。

極端な努力が生んだ“バランス感覚の欠落”

高校まではサッカー一筋。 大学からは勉強と就活一筋。

極端から極端へ振れて生きてきた自分には、

・社会における自分の適正な立ち位置 ・お金との健全な付き合い方 ・リスクとリターンのバランス感覚

これらが根本的に欠落していた。

「自分なら会社でもすぐに評価される」 「奨学金なんて余裕で返せる」 「資産形成も簡単にできるはずだ」

そんな根拠のない過信を抱いたまま、社会人生活がスタートした。

そして始まる“危険な勘違い” —— 資産形成の初期条件はここで決まった

この時期の私は、資産形成の世界で最も重要な「初期条件」を完全に誤っていた。

誤った初期条件
・余剰資金がある=投資しても大丈夫
・奨学金は返せる=借金は怖くない
・給与が増える=支出も増えていい
・景気が良い=自分も金持ちになれる

しかし、実際には

・余剰資金は“使えるお金”ではなく“未来の投資原資” ・奨学金は“借金”であり、返済はキャッシュフローを圧迫する ・給与が増えても支出を増やせば資産は増えない ・景気が良くても、金融リテラシーがなければ資産形成はできない

この誤解が、後の不動産投資・住宅購入・NISA運用における判断ミスへとつながっていく。

深夜に考える「あの頃の自分」へ

もし今、あなたが仕事や将来への焦り、 あるいは「自分ならもっとできるはずだ」というモヤモヤを抱えてベッドの中にいるなら。

少しだけ肩の力を抜いてほしい。

どんなに威勢のいいことを言っている人間も、始まりはみんな「勘違いした若者」だ。

1億円の借金を抱えて冷や汗をかいている今の私から見れば、 2013年の勝負スーツを着て胸を張っていた自分は、あまりにも無知で、愛おしく、そして危険だった。

次回は、地方転勤と現実の壁によってどのように打ち砕かれていったのかをお話しする。

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