第4話 資産形成の前に人格形成

プロローグ

「サッカー選手になる」ではなく「試合に出られればいい」 —— 絶望的格差を知り、進路を決めた冬

高校3年の夏前、泥にまみれ、振り子のように揺れ続けた末に、
自分はなんとかAチームの枠に定着した。

だが、その時の自分の頭の中を占めていたのは、
「プロになりたい」という大きな夢ではなく、
ただひたすら「このAチームという立場を守りたい」という必死な保身だった。


気づけば、かつて自分自身に期待し、胸の奥に抱いていたはずの
「自分は特別だ」という感覚はすっかり消え失せていた。

その代わりに、チームという組織の目標を自分の目標にすり替え、
組織のために与えられた役割を全うすることに妙なやりがいを感じてしまっていたのだ。

圧倒的な才能を持つエースを陰で支える側に回り、
黒子としてチームに貢献することに妙な使命感と達成感を抱いている自分——
それは、純粋に主役を目指してボールを追いかけていた頃の自分とは、
まるで別人の姿だった。


全国大会のピッチにも立った。
某スタジアムの巨大なスタンドで見えたのは、
遠くから駆けつけ、自分の背番号が入った応援団扇を必死に振ってくれている家族の姿だった。

その光景を見た瞬間、
自分の中に込み上げてきたのは勝利への執念ではなく、
「ここまで自分勝手にやってきたが、家族に合わせる顔ができて良かった」
という強い感謝と安堵だった。

自分の中で、何かが決定的に変化していくのを感じていた。


そんな中、決定打となったのが大学日本一の強豪校との練習試合だった。
対峙した数年年上の選手たちのフィジカル、判断スピード、
そしてサッカーに対する狂気的な執念——
すべてにおいて「プロを目指す最後のカテゴリーは世界が違う」と
絶望的な格差を見せつけられた。

自分があと数年どれだけ努力しても届かない絶対的な天壁が、そこには存在していた。


ここから先の大学4年間という貴重な時間を、
再びすべてサッカーに全振りする勇気も、志も、自分にはもう残っていなかった。

「サッカーを辞めた後、自分はどうやって生きていくのか」。
今後の人生について、リアルに考えるようになった。

ふと頭に浮かんだのは、子どもの頃、満員電車に揺られて疲れた顔で帰宅し、
心のどこかで冷ややかに見ていた父親の姿だった。

「ただの平凡なサラリーマン」だと思っていた親父の生き方が、
急に現実味を帯びた選択肢として自分の視野に入ってきた。

自分もまた、そうやって組織の歯車となり、
泥臭く飯を食っていく側になるのだと悟った。


スタンドの保護者やテレビで見ていた友人から見れば、
「最後まで諦めずに全国のピッチに立った美談」に見えたかもしれない。

だがその実態は、
自分の限界を知り、夢を諦め、
サラリーマンという現実の入り口にそっと足を踏み入れた高校3年だった。


大きな夢を諦め、己の限界を知るという挫折の体験は、
その後の人生で何度も形を変えて目の前に現れる。

後に1億円という巨大な借金を目の前にした時の冷や汗と孤独も、
実はこの高3で体感した
「圧倒的現実の前に立ちすくみ、己の小ささを知った感覚」と地続きだったのだ。


自分の目標はいつの間にか保身のために縮こまっていないか。
今の自分は諦める言い訳を探していないか。

私は今でも、最後に経験させてもらったスタジアムを思い出しながら、
自分自身に問い続けている。

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